SREチームのベストな立ち上げ方とは?―信頼性を文化にする最初の一歩

文化とチーム

はじめに ― 「SREチームを作る」は目的ではない

多くの企業が「SREチームを作ろう」と言います。しかし、チームを作ること自体はゴールではありません。大事なのは、チームの有無ではなく、組織全体が信頼性に向き合える文化をどうデザインするかです。

SREの本質は、システムを「止めないこと」ではなく、変化と安定のバランスを文化として定着させること。そのためには、最初の一歩でつまずかないための設計が欠かせません。

ステップ1:組織の「痛み」を観測する

信頼性は「痛み」から始まる

SREの立ち上げで最初にやるべきことは、ツールを選ぶことでも、自動化を急ぐことでもありません。まず向き合うべきは、「現場がどんな痛みを抱えているのか」を正確に観測することです。たとえば、障害対応が属人的で夜間対応が常態化している、リリースのたびに緊張感が走る、手作業の運用フローが増え続けて誰も全体像を把握できていない、あるいは“誰がどこまで責任を持つのか”が曖昧なままプロジェクトが進んでいる――。こうした摩耗や負荷の積み重ねが、信頼性を脅かす最初のサインです。

これらはすべて“SREが取り組むべき候補”でもあります。しかし、可視化されず、名前がつかないまま放置されると、組織のどこかで必ず“ひずみ”として現れます。だからこそ、最初のステップは観測です。観測なくして改善は始まりませんし、どれだけ優れた施策やツールを導入しても、痛みの本質を捉えていなければ文化として根づきません。

観測は「批判」ではなく「理解」

観測という言葉には、一歩間違うと「監視」「評価」のような冷たい響きがあります。しかし、SREにおける観測の本質は“理解すること”です。「なぜそうなっているのか」「どんな背景でその判断がされているのか」「誰が、どこで、何に困っているのか」。こうした文脈を丁寧にすくい上げることが、最初の信頼の一歩になります。

たとえば、手作業が残っているからといって「自動化しましょう」と即断するのは簡単ですが、その手作業には理由があり、歴史があります。ツールが不安定だった時期の傷跡かもしれないし、特定のメンバーに依存してきた暗黙知の文化かもしれません。背景を知らずに改善案だけを提示すると、現場は「また余計な仕事が増える」と感じてしまいがちです。

観測とは、現場の痛みや判断を尊重する姿勢そのものです。批判ではなく理解。問題ではなく文脈。SREが信頼されるかどうかは、この最初の姿勢で決まります。そして、この理解の積み重ねが、後の改善活動や文化づくりの“強い土台”になります。

ステップ2:信頼性の“共通言語”をつくる

判断軸の不統一はチームを疲弊させる

「障害を減らしたい」「もっと早くリリースしたい」。どちらも間違っていない意見です。しかし、判断軸が共有されていない組織では、この“どちらも正しい”価値観が正面からぶつかってしまいます。開発はスピードを求め、運用は安定性を優先する。会議では議論が空中戦になり、現場では「誰がどこまで責任を持つのか」が曖昧なまま判断が積み上がっていく――。この摩耗こそ、信頼性の最大の敵です。

だからこそ、SREの最初の役割は「信頼性に関する共通言語」をつくることです。共通言語がなければ、議論は主観で揺れ続け、チームのストレスだけが増えていきます。逆に、判断基準が明確になれば、衝突していた価値観が“対立”ではなく“合意形成の材料”になります。共通言語とは、エンジニアリング以前に、組織が同じ方向を向くための基盤です。

SLOとエラーバジェットはその基盤となる

SREが文化を育てるうえで、最も強力なフレームワークがSLO(Service Level Objective)とエラーバジェットです。SLOは「私たちはどこまでの信頼性を守るのか」を共同で決める“チームの約束”であり、エラーバジェットは「どこまで変化を許容できるのか」を示す安全装置です。これらがあることで、信頼性は感覚ではなく、定量と対話に基づいて扱えるようになります。

たとえば、リリース前に「今回の変更はエラーバジェット内で十分に吸収できる」と判断できれば、開発スピードは落ちません。逆に、エラーバジェットが枯渇していれば「今は改善に集中すべきだ」と明確に意思決定できます。信頼性にまつわる判断が“人の主張”ではなく、“合意された基準”に依存するようになる――これが文化づくりの第一歩です。

次の記事では、このSLOとエラーバジェットをより深く掘り下げ、SREが持つべき判断の軸を具体と思想の両側から読み解いていきます。

ステップ3:小さな成功体験をつくる

最初から全社に広げようとしてはいけない

SREの立ち上げでよく陥りがちな落とし穴が、「最初から全社横断を目指す」という方針です。経営層からの期待もあり、「組織全体の信頼性を上げよう」と意気込む気持ちは理解できます。しかし、文化は宣言だけでは定着しません。実務の現場で“効く”という実感がなければ、どれだけ良い取り組みでも広まりません。

だからこそ、多くの組織ではEmbedded SREのアプローチ――つまり特定のプロダクトやチームに深く入り込み、まずは目に見える改善を一緒に作るところから始めます。小さな領域に絞ることで、痛みがどこにあるのかを肌で理解し、改善がどのようにチームに影響するかを具体的に見極められます。そして、この“最初の成功体験”こそが、組織に信頼性の文化を広げる種になります。

改善の“手触り”を作る

文化は机上では作れません。実際の現場で「改善された」と実感できる瞬間を積み重ねなければ、誰も信頼性の重要性を肌で理解することはできません。たとえば、障害発生から復旧までの時間が短縮された、手作業だったオペレーションが自動化されて心理的負荷が減った、監視が適切になって“無駄なアラート”に割かれる時間が減った――こうした具体的な変化は、数字以上に強い影響を持ちます。

SREが実際に手を動かし、改善の成果を一緒に目撃することで、現場のメンバーは「信頼性ってこういうことか」「SREと動くと仕事が楽になる」と体感します。これが文化の出発点です。人は、抽象的なスローガンでは動きません。自分が抱えていた痛みが軽くなる、その手触りこそが、信頼性という抽象概念を“自分ごと”に変えるのです。

ステップ4:「失敗から学ぶ」場を設計する

ポストモーテム文化は“仕組み化された対話”

ポストモーテム(障害の振り返り)は、SRE文化を育てるうえで欠かせない取り組みです。しかし重要なのは、「振り返りを行うこと」そのものではありません。ポストモーテムとは、失敗を責めるのではなく、観測し、理解し、次に活かすための“対話の仕組み”です。仕組み化された対話があることで、現場は安心して振り返りに参加でき、改善が継続できる土壌が生まれます。

障害時の判断には、時間的制約、情報不足、リリースプレッシャー、チーム構造など、さまざまな要因が絡みます。それらを丁寧に紐解くプロセスこそがポストモーテムの価値です。誰かの判断を批判するのではなく、「なぜその判断を取らざるを得なかったのか」を共に理解する場が、チームの信頼を育てます。

責任追及よりも、構造的な理解へ

障害が起きたとき、人はつい「誰のミスか」に意識を向けてしまいます。しかし、SREの視点で見ると、ミスの多くは個人の問題ではなく、構造やプロセスの問題です。たとえば、手順が複雑すぎたのかもしれないし、レビューに十分な時間がなかったのかもしれないし、監視が不十分で初動が遅れたのかもしれません。構造を見ずに人だけに焦点を当てると、本質的な改善にはつながりません。

ポストモーテムの目的は、過去を責めることではなく、未来の選択肢を増やすことです。「誰がミスしたか」ではなく、「なぜ問題が起きる状態が存在したのか」。この問いが改善の方向性を定め、複雑なシステムの中で信頼性をどう守るかという文化的議論につながります。そして、この構造的な理解の積み重ねこそが、SREが組織にもたらす価値のひとつです。

ステップ5:信頼性を“文化”として定着させる

文化は宣言では作れない

どれだけSREの重要性を説き、仕組みや手法を導入しても、文化は「やると決めた瞬間」に定着するものではありません。文化とは、日々の仕事の中で繰り返される小さな判断や行動が積み重なり、いつの間にか「当たり前」として定着した状態のことです。つまり、改善のプロセスがチームの呼吸のように自然に受け継がれている状態こそが、文化の完成形です。

信頼性を文化として根づかせるには、“宣言”や“ルール”よりも、現場での成功体験と、その成功体験が語り継がれるストーリーが必要です。SREの活動が「負荷を増やすもの」ではなく「仕事を楽にするもの」として実感できた瞬間、文化は静かに組織に浸透し始めます。

関係性の上にしか文化は築けない

信頼性は技術だけでは成立しません。人間関係、チームの空気、対話のしやすさ、情報共有の透明性――こうした“関係性”が、文化の土台を形づくります。0章で述べた「信頼性は関係性である」という考え方は、文化づくりにおいてもっとも重要な視点です。

たとえば、障害に対する情報共有がオープンであれば、メンバーは安心して課題を共有できます。ポストモーテムが責任追及ではなく学習の場だと理解されていれば、振り返りの質は自然と高まります。逆に、関係性が弱い組織では、どれだけ仕組みを整えても、文化として定着する前に摩耗してしまいます。

技術も仕組みも、関係性の上にしか成立しません。だからこそ、SREは技術と同じくらい、対話と透明性を大切にしなければなりません。文化は人によって運ばれ、関係性によって支えられていくものだからです。

おわりに ― 信頼性は“続けること”で育つ

SREチームの立ち上げに魔法の方法はありません。必要なのは、観測し、理解し、小さく改善し続けることです。信頼性はプロジェクトではなく、組織が育てる長期的な関係性です。

次の記事では、「SLOとエラーバジェット ― 信頼性を測る共通言語」についてより深く解説し、SREが持つべき判断の軸を明確にしていきます。